ウォーキング 山野草

日光の山野草

帰化植物植物とは●     今市市歴史民俗資料館発行「今市植物誌」から
帰化植物について
ウォーキングの道すがらいっぱい咲く山野草の花、そのほとんどが外国から密かに持ち込まれ爆発的に成長した外国生まれの花ー帰化植物だという。在来種の野の花は少しになってしまっているという。

はじめに

 大規模開発や森林伐採による環境破壊、二酸化炭素の増加による地球温暖化など、今ほど環境に対する関心が


ブタクサ(キク科・北アメリカ)
高まっている時代はないだろう。環境を保全するために取組くむべき問題は山ほ

どあるが、まずは「知る」こと、現況を把握することが大切である。本館では歴史や

民俗、白然などの分野にとらわれず、地域の様々な現況を確認する活動を進めて

いる。

その結果得られた情報は、可能な限り速やかに公表し、「知識の共有化一をはか

る事が運営の方針である。本冊高まっている時代はないだろう。


環境を保全するために取組くむべき問題は山ほどあるが、まずは「知る」こと、現

況を把握することが大切である。

本館では歴史や民俗、白然などの分野にとらわれず、地域の様々な現況を確認する活動を進めている。

 その結果得られた情報は、可能な限り速やかに公表し、「知識の共有化一をはかる事が運営の方針である。本冊

は、今市の白然を知る会のご協力により進めている市内全域の植物分布調査によって蓄積した情報のうち帰化植

物についてまとめたものである二帰化植物に関心が向けられるようになったのは、ブタクサが花粉症を引き起すと話

題になった頃からだろう。


オオハンゴンソウ(キク科北アメリカ)
今市周辺では、日光の戦場ヶ原で北米原産のオオハンゴンソウが大繁殖した結果

、在来の植物を駆逐してしまい大きな問題となった。その他、畑や土手;およびこる差

草の中にも帰化植物は多い。

 一方、帰化植物でも害になるものばかりではなく、観賞用や食用、薬弔なるものも

少なくない。

帰化植物はその定義からして、人問の営みに深く関係しており、人間の生活圏でし

'見られない植物である。したがって、人間が立入らない原生林には帰化植物は見ら

れない。

 しかし、ひとたび林道が作られ人や車が往来するようになると、たちまち帰化植物はその分布を広げるのである開

発が進んだ地域ほど帰化植物の種類は多くなるといえる。

 市内で確認された植物の割合は、1996年末の時点で10.3%であったが、1999年末時点では11.6%と増加傾向にあ

る よい環境を得るために開発は必要だが、無用の開発は避けたいものである。

1帰化植物とは

帰化植物という呼び方は、明治後期から一部の植物学者の間で使われだしたが、それ以前は移生植物、移住植物

などと呼ばれていた。帰化植物という呼び方が一般化したのは、外来種が年々増加した大正から昭和にかけてであ

セイタカアワダチソウ(キク科北アメリカ)

る。帰化植物の定義は「白然の力に頼らず、人間の力によって意識的、ま

たは無意識的によその国から移入された

植物が、野生の状態で見いだされるもの」とされている。このため、ある植

物が帰化植物と呼ばれるためには、次の3つの条件を満たすことが必要と
いえる。

 @「外国から来た植物」であること

ヨーロッパ大陸のように国境が地続きの国々では、外来の植物であることを明確に判断することが難しい。それに対し

て、日本は四方を海に囲まれた島国のため、外来の植物であることを明確に判断することができる

ただし、北海道の植物が人力で本州に、本州の植物が九州に広がった場合などは本質的には帰化植物と変わりな

いが、外国からの植物ではないため、帰化植物とはいえない。

 A「人間が持ち込んだ植物」であること

観賞用、食用、薬用などの目的で人間が意識的に移入したものの1まか、輸入穀物、飼料、牧草種子に混じって侵入

したものなど、人問の営みによって持ち込まれたものを指す。

 このため、風、海流、鳥獣など、人間以外の力によって種子などが運ばれ、繁殖したものは帰化植物とはいえない。

 B「野生の状態で見いだされる植物」であること

特定の利用目的のため外国から持ち込んだ植物で、繁殖力が強いため逸出した栽培品や、今日、その用途が失わ

れてほとんど栽培されていないにもかかわらず、各地:二野生の状態で繁殖しているものなど、人問の手を放れて生

育しているもの。したがって、外来種であってもダリアやチューリップのように絶えず人問による管理が必要とされ、放

置されれば生育できないようなものは帰化植物とはいえない
2渡来した年代

帰化植物の渡来は、農耕文化の発達によって大陸や南方言者島との交易が盛んになり、それに伴って多くの植物

が入ってきたことに始まる。しかし、外来植物が急増したのは明治維新に始まる日本の近代以降である。

日本のの帰化植物は渡来した時代により、大きく次の2つに分けられる。

;@旧帰化植物

ヨ本では、弥生時代の紀元前2〜3世紀には既にイネ、オオムギ、アワなどの作物の栽培が行われていたとされてい

る。これらの植物は日本の自生種ではなく、アジア人陸や南方諸島から入ってきたものである。

そして、これらの作物の種了と一緒に雑草の種子も随伴植物として入ってきた。

このようにして、江戸初期までの外来植物の大部分は農耕文化の発達と共に入ってきたもので、これららの植物群

は旧帰化植物といわれる。なお、弥生時代のような古い時代のものは史前帰化植物と呼ぶこともある。

これらの植物は主に畑や水田の雑草と呼ばれ、イヌタデ、スベリヒユ、ミミナグサ、ウシハコベ、トキンソウ、タカサブロ

ウ、スズメノトウガラシ、アゼナなど枚挙にいとまがない。しかし、これらの植物がいつ頃、どこの国から渡来してきた

かなどについて正確な文献はなく、明らかに帰化植物であるという証しがない。したがっって、このような植物は現在

では帰化植物として扱われていな。

 A新帰化植物

日本の植物学は永い間、薬用を目的とした本草学として存在したが、著しく発展したのは江戸中期以降である。この

頃になると、外来のものであることが文献上で確かめられるようになる。

江戸中期以降の文献などで渡来が実証されるものを新帰化植物と呼んでいる。

セイヨウタンポポ(キク科 ヨーロッパ)
明治維新後、日本の近代化は急速に進み、産業や都市が著しく発達し

た。その結果、それまでの農耕的な環境に広がっていた帰化植物に代

わり、都市的な環境に適応した帰化植物が多く観られるようになる。

 例えばヒメムカシヨモギ、セイヨウタンポポ、ブタクサ、アレチマツヨイグ

サ、セイタカァワダチソウなどはその代表である。

現在、帰化植物と呼ばれているものの大部分は、この「新帰化植物」を指している。

 B侵入・拡散経路

帰化植物がどのようにして入ってきたかについては、様々な要因が考えられる。外国からの船や飛行機、積み荷など

に雑草の種子が付着してきたもの、穀類や飼料の輸入に際して雑草の種子が混入されてきたもの、園芸植物や薬用

植物、牧草として輸入され各地で栽培されたものが逸出し野生化したもの、砂防用として輸入されたものが逃げ出して

広まったものなどである。

 なお、帰化植物は明治時代:から急に増加しており、このことは外国との貿易がこの時代から盛んになったことと深

関係している。

3侵入・拡散経路

帰化植物がどのようにして入ってきたかについては、様々な要因が考えられる。外国からの船や飛行機、積み荷など

に雑草の種子が付着してきたもの、穀類や飼料の輸入に際して雑草の種子が混入されてきたもの、園芸植物や薬用

植物、牧草として輸入され各地で栽培されたものが逸出し野生化したもの、砂防用として輸入されたものが逃げ出して

広まったものなどである。

 なお、帰化植物は明治時代:から急に増加しており、このことは外国との貿易がこの時代から盛んになったことと深く

関係している。

 主な侵入経路として港、飛行場、製粉工場、牧場、農業試験場、植物園などがあげられる。一旦、我が国に入った

植物は、主に次のような経路で拡散するものと考えられる。

@交通網

白動車や電車の車両、あるいはその積み荷などに種子が付着して運ばれ、道路、線路沿いを中心に広まる。

A逸出

人間の手を通し、観賞用、飼料用、砂防用などのため各地に運ばれ、栽培されたものが逸出し、周辺に広まる。

B土砂の運搬


オニウシノケグサ(イネ科 ヨーロッパ)
産業廃棄物としての残土の移動を通し、各地に広まる。これは、都市

開発に伴う残土の多くが地方へ運ばれている

ことにより、残土と一緒に都会の帰化植物の種子などが混入されてくる

ことや、残土捨て場の土壌がアルカリ性になり、これが酸性土壌に適応

した在来植物の生育を阻害し、外来植物の繁殖を助長する」因になって

いることなどによるものである。

 ヒメムカシヨモギ、セイタカアワダチソウ、セイヨウタンポポ、オニウシノケグサなどは@〜Bのような要因によって勢

力を拡大している代表的な植物といえる。

4生育環境

一口に帰化植物といっても、種類によって生育環境が大きく異なっている。乾燥地を好むもの、水田や湿地などの湿

潤地を好むもの、水中を好むもの、あるいは酸性土壌やアルカリ性土壌を好むものなど様々である。

また、農耕文化の発達とともに入ってきたアジア原産の植物の多くは、水田や農耕地などの農村型環境に適合し、酸

性土壌を好む傾向があり、ヨーロッパや南、北アメリカ原産の植物の多くは、乾燥気味の草原や都市型環境に適合

し、アルカリ性土壌を好む傾向がある。

外来植物の種子は、各地に運ばれ様々な環境の下で芽をだすが、生育環境に合わないものは次々と姿を消してい

く。環境に適合したものだけが生き残り、帰化植物として次第に分布を広げていくのである。

 この様な観点から、今市市で帰化植物が多く見られる環境をあげると、次のとおりである。


@農耕地

帰化植物の原点ともいわれるところが農耕地である二古くは弥生時代から農耕文化とともに、随伴植物として入って

きた。今日の水田や畑に生える雑草の多くがそうである。しかし、これら旧帰化植物は現在、帰化植物として扱われ

ていないことから、ここでは江戸中期以降、わが国に入ってきた新帰化植物についてふれることにする。

農耕地といっても様々な環境があり、水田や畑、休耕地など、そこに生える植物も多種多様である。

共通しているのは大部分の植物が人間によって無意識に持ち込まれたという点である。そのため害草になっている

植物も少なくない。

 環境別に見られる主な植物は次のとおりである。まず、水田ではアメリカアゼナ、アメリカセンダングサ、ホソバヒメ

ミソハギ、ホテイアオイなど。畑ではヒメジョオン、ハルジオン、ハキダメギク、オオイヌノフグリ、オランダミミナグサ、イ

ヌビユ、ホナガイヌビユ、ゼニバアオイなどがある。

 また、休耕地ではオオアレチノギク、ヒメムカシヨモギ、ヒメジョオン、ハルジオン、アメ

リカセンダングサ、セイタカアワダチソウ、ハキダメギク、アメリカアゼナ、オオイヌノフグリ、タチイヌノフグリ、ヒメオドリ

コソウなどがある。

アメリカアゼナ(ゴマニハ 北アメリカ

ヒメオドリコソウ(シソ科 ヨーロッパ)

ヒメジョオン(キク科 北アメリカ)

タチイヌノフグリ(ゴマノハナ科 アジア)

A河川敷

 大きな河川ではしばしば溢水などがあり、大きな樹木が育ちにくく、日当たりの良い砂礫地や草原の環境が保たれ

ている。ヨーロッパ、北アメリカなどを原産地とする帰化植物の多くは、このような草原状の生育環境を好むため、河

原は農耕地と共に帰化植物の絶好の生育地となっている。

`珂原には砂礫地、草原のような乾燥しているところ、川辺、水溜りの周辺などのような湿地状態のところ、あるいは

流水中など、様々な環境があり、生育する植物も様々である。

 環境別に見られる主な植物は次のとおりである。まず、砂榛地、草原などの乾倶地ではオオアレチノギク、ヒメムカ

シヨモギ、ヘラバヒメジョオン、ブタクサ、オオオナモミ、チチブフジウツギ、オオフタバムグラ、ビロードモウズイカ、アレ

チマツヨイグサ、カラメドハギ、ムシトリデシコ、シロザ、ケアリタソウ、シナダレスズメガヤ、コイチゴツナギなどがある。

 次に、水辺などの湿潤地ではアメリカセンダングサ、セイタカアワダチソウ、ヒロハホウキギク、オオハンゴンソウ、キ

パナノマツバニンジン、ハルザキヤマガラシ、ハイコヌカグサ、オオクサキビなどがある。また、流水中ではコカナダモ

、オランダガラシ、オオカワヂシャなどがある。

カラメドハギ(マメ科 アジア大陸)

ヒロハホウキギク(キク科北 アメリカ)

オオクサキヒ(イネ科 北アメリカ)

コカナダモ(トチカガミ科 北アメリカ)

B道路沿い、

 自動車や人間の往来が激しい国道、県道、市道沿いなどは、帰化植物にとって分布を広げるのに格好の場所で

ある。

 こうした環境には乾燥とアルカリ性に強い都市型の帰化植物が多く、セイヨウタンポポ、オニノゲシ、オオアレチノ

ギク、ヒメムカシヨモギ、コセンダングサ、ブタクサ、コスモス、キバナコスモス、オオニシキソウ、コニシキソウ、ツル

マンネングサ、マメグンバイナズナなどが見られる。

 農道や畦道、林道などは、農村型の帰化植物が多く、ヒメジョオン、ハルジオン、ハキダメギク、ノボロギク、アレチ

ウリ、オオイヌノフグリ、タチイヌノフグリ、ヒメオドリコソウ、ワルナスビ、ヒレハリソウ、シロツメクサ、オランダミミナグ

サ、ヒメスイバ、エゾノギシギシ、オニウシノケグサ、ナガハグサなどが見られる。

セイヨウタンポポ(キク科 ヨーロッパ)

オオアレノギク(キク科 南アメリカ)

シロツメグサ(マメ科 ヨーロッパ)

ヒメスイバ(タデ科 ヨーロッパ)


 また、市街地め道路沿いな'どには花壇を作って花を栽培しているところが多く、こうした花壇や庭から逸出した植

物が多く見られる。特に日光杉並木街道沿いには、逸出したと見られる局化植物が多く、ハナダイコン、オオキンケ

イギク、キヌガサギク、コスモス、キバナコスモス、ミツパオオハンゴンソウ、フランスギク、マルバアサガオ、ムラサキ

カタバミ、シュウカイドウなどが見られる。

ハナダイコン(アブラナ科 中国)

フランスギク(キク科 ヨーロッパ)

シュウカイドウ(中国

ムラハキカタバミ(カタバミ科 南アメリカ)

C牧場周辺

大規模な牧場を持った酪農経営は、外国から入って来たもので、当然、飼料に使われる牧草の種子も外国から輸入

されたものである。牧草にはイネ科の植物が多く用いられ、これらの植物には和名と牧草名がつけられている。例え

ばオオアワガエリにはチモシー、カモガヤにはオーチャードグラス、ネズミムギにはイタリアンライグラスなどである。

 イネ科の帰化植物には、これらの牧草が牧場などから逸出し、広く野生化したものが少なくない。例えばオオアワ

ガエリ、カモガヤ、ネズミムギ、ナガハグサ、オオスズメノカタビラ、ホソムギ、オニウシノケグサ、オオスズメノテッポ

ウ、シラゲガヤ、コヌカグサ、ハルガヤなどがあげられる。

 またマメ科のシロツメクサ、アカッメクサなども牧草として輸入されたものである。また、これら牧草の種子に混入

し、随伴植物として渡来したと思われる植物も牧場やその周辺に見られる。例えばセイヨウノコギリソウ、コテングク

ワガタ、ヒメスイバなどがあげられる。中でもコテングクワガタは群馬県内の牧場で初めて確認され、今市市の大笹

牧場、栗山村の日陰牧場、上栗山牧場、藤原町横川地内の牧場など、各地の牧場内で見られる。

カモガヤ(イネ科 ヨーロッパ)

セイヨウノコギリソウ

コテンクワガタ(ゴマノハグサ科 ヨーロッパ

アカツメグサ(マメ科 ヨーロッパ
D埋立地

 近年、利用価値が少ない湿地、沼沢地などが、工場、住宅などを建てる目的や、産業廃棄物としての残土捨て

場などとして埋め立てられている。

今市市でもかつて、サギソウが生育していた木和田島地内や手岡地内の湿地が、大規模に埋め立てられている。

この埋め立てに使われる土砂は、何年もかけて、県内はもとより関東一円から運び込まれている。これらの土砂の

中には、都会の残土など人間の生活に密接に関係する地域のものが多く含まれており、土と一緒に運ばれてきた

帰化植物の種子が、新天地で一斉に芽をだすのである。

 埋立地は運び込まれる土砂によって様々な植物が出現し、その後1年で姿を消すものから数年にわたって見られ

るもの、定着するものまで変化に富んでいる。

植生も独特で、草丈の低いものからはじまり、年を追うヒとに草丈が高くなり、最終的にはススキの草原に変化して

いく。このように、埋立地は環境が急激に変わるため、一時的な植物が多く見られ、その中には今市市では埋立地

でしか確認されていない帰化植物もある二例えばマメカミツレ、クソニンジン、イガオナモミ、アメリカオニアザミ、アレ

チノギク、ヒナキキョウソウ、シロバナチョウセンアサガオ、マッバゼリ、マッヨイグサ、ユウゲショウ、ナガミヒナゲシ

、アツミゲシ、オキジムシロ、コバナキジムシロ、カラクサガラシ、セリバヒニンソウ、シロバナマンテマ、ヒメアオゲイト

ウ、ウラジロアカザ、ゴウシュウアリタソウ、アレチギシギシ、ハイミチヤナギ、メリケンガヤツリ、シマスズメノヒエなど

があげられる。

アメリカオニアザミ(キク科ヨーロッパ)

マツヨイグサ(アカバナ科 南アメリカ)

ヒメアオ・・(ヒユ科北アメリカ)

メリケン・・(アヤメ科ヨーロッパ)

E伐採跡地

 今市市の森林は、山地帯を除きぼとんどがスギ、ヒノキの人工林からなっている。

里山といわれるコナラ林(雑木山)は利用価値が少ないため減少してしまい、それに代わってスギ、ヒノキの植林が

大半を占めているのが現状である。人工林といっても植林後40〜50年も経つと林床は安定し、帰化植物の進入は

ほとんど見られない。

しかし、伐採のため人間が入り、環境が変わると植生も大きく変わってしまう。この変化した場所にいち早く侵入す

るのが帰化植物である。これらの多くは伐採作業の際に人間が無意識的に持ち込んだものである。

 この伐採跡地にいち早く顔をだす帰化植物がダンドボロギク、ベニバナボロギク、ノボロギクであり、この3種は伐

採跡地を代表する植物といえる。その他ではヨウシュヤマゴボウ、ヒメムカシヨモギ、オオアレチノギク、ヒメジョオン

、アメリカセンダングサ、オニノゲシ、アレチマツヨイグサ、オオイヌタデなどが見られる。しかし、これらの植物は、植

林後数年で姿を消してしまうことが多い。

ダンドボロギク(キク科 北アメリカ)

ベニバナボロギク(キク科 アメリカ)

ノボロギク(キク科 北アメリカ)

ヨウシュヤマゴボウ(北アメリカ)
参考資料
 今市市植物誌 Vol2 帰化植物
   今市市歴史民俗資料館 栃木県今市市平ヶ崎27−1
        TEL 0288−22−6217

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