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| 日光を歩く(史跡探訪路) ・ 東町・稲荷神社のみち |
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いつ終わるか分からない「もう一つの日光を歩く」の出発です。観光案内のパンフレットには載っていない、もう一つの日光を紹介したいと思っています。ご理解いただければ幸いです。
・・・・・で始まる、もう一つの日光を自分の足で歩いて、レポートします。時間がありましたら是非一度お立ち寄り下さい。小生は日光市民となって、早いもので11年も経ってしまいました。しかしこの「随想社発行・日光ボランティア編
の”もうひとつの日光を歩く」という本を知ったのはこの最近のことです。
何処の町にもこの手の歴史は存在しているものと思われますが、日光という歴史の街だからこそ資料が残っていたものと思われます。「日光ミステリアスゾーン」・・・ちょいとオーバー(最後までお読みいただくとわかりますが・・オーバーではないのです)ですが、ともかくのんびりと歩きながらドップリと日光に浸ってみたいと思います。
出発は日光の玄関[1・JR日光駅]
から明治23年に開業というから、すごい確かにレトロ調の駅舎からその過ぎ去った時間と歴史が推察できる。
駅に降りると一番に感じるのは綺麗な街の印象である。道路も歩道も整備されています。ゆるい登り道、
お土産屋とか食堂などが並ぶ。間もなく山小屋風の[ 2東武線・日光駅] 、観光地らしい佇まいの駅前商店街、物産店が並び、平日でも観光客で賑う。
日光は坂の町である。国道119号線の「野口」からいろは坂の手前「馬返し」までは標高差が550m以上もある。歩いては結構な上り坂なのである。
東武駅前の信号から国道119号線を歩くと、間もなく霧降方面の道路案内に添って右折すると前方・右側に日光警察署が見えてくる。一番最初の小さな交差点を左折して4〜5分すると[3・龍蔵寺]の看板が見えてくる。いままでの雑踏が嘘のような静寂な雰囲気となる。当寺の脇に明治維新の義士をが奉ってある。この辺一体が稲荷町という町名になっているらしい。表通りからすると人どうりも少なく、地元の人たちがす入れ違いくらいに静かな通りである。
白い鳥居に石畳がまっすぐに本殿まで伸びる[4・稲荷神社]ある。
建保6年(1218)の建立というから、まさに歴史的建立物である。
町を守る鎮守さまとして、地域の人たちに愛されてきたのだろう。神社境内に入るとすぐの左手に大きな石がある。
[5・西行戻石]・・・
西行が日光を訪れたかどうかは分からない?という訳の分からない事がある・・・モンダ・・・がその脇に西行法師の歌碑があるから、
なんとなくホンものぽいのも不思議だ。
稲荷神社を出ると大きなと言うより巨大なサクラの木が現れる高野家の”
エドヒガンザクラ”の一品種のシダレサクラだ。満 開の時は素晴らしい、三春の「瀧さくら」に劣らないほどの立派さである。樹高13m・
根回り6,1m100年から250年??ぐらいは経ていると思われる。
間もなく左手にとんでもなく立派な極彩色の社が現れる。 左折して正面に回ると、総朱塗りの「県指定文化財」の[6・鎮守虚空蔵尊]、平成元年に修復されたらしいので実に綺麗な極彩色の社である。 「太子堂」などがある。
観光地の賑わいとはまったく無縁らしき日光市内であることを忘れてしまいそうな昔風の「駄菓子屋」さんもある、路地裏から国道119号線に戻る。
坂道をだらだら上ってゆくと左手に「日光郷土センター」さらに、お城のような「日光市役所」がある。その正面の右手に[7・高野家]に到着「東町・稲荷神社のみち」の最終ポイントである。 この場所は分かり図らいのだが、日光郵便局の手前の喫茶店から入ると広場になっている。「こうのけ」とよむ、今は御獄社とよばれる建物があるだけである
第1回の 東町・稲荷神社のみちは国道119号線の北側になる、普段には全く立ち寄る人もない史跡群であるが、地元の人たちの信仰に支えられて守り告がれてきたのであろう。
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