ウォーキング★日光を歩く(史跡探訪路) |
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ウォーキングin日光◇歩きませんか日光路
◇「随想社発行・日光ボランティア編」の”もうひとつの日光を歩く”
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歴史と世界遺産の街・日光の隠れた史跡を訪た。ウォーキングのご案内。 |
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| 日光を歩く(史跡探訪路) ・ 東町・観音寺コース |
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| 神橋を境に筋違橋までを東町と呼ぶ。かつては、松原町の木戸が日光の入口で鉢石町へと段状に町並みが続いた。通りを境に鳴虫山側、そこには庶民の生活と信仰の証しが残る。その町筋が一望できる古刹、観音寺の鐘楼からは、梵鐘の響きが今日も流れる。 | ||
神橋から金谷ホテルなどが鉢石山である。金谷ホテルを過ぎると間もなく左側に [15天台宗・観音寺]の石碑がある。 急勾配の山門への参道となる。山門の手前に「観音道 右手の階段を上ると空海・・・・」の看板があったが、工事中で上れず、山門を入るとすぐに [16佐久間甘海の句碑]がある。 その当時はかなりの文化人だったのだろう。本堂・聖観音堂・鐘楼などの建物がある。 鐘楼の脇からは市内が一望できる。西暦820年空海が開祖と伝えられ、日光街道の最終宿として繁盛していたらしい。遥か昔に思いをはせながら下山する。 国道に戻ると?現実に帰った?という不思議な気持ちになる。
のんびりと坂道をしばらく下ると[13・日光郷土センター]に到着。日光の観光情報が揃うインフォメーションセンター。ロビーには立派な彫刻細工されたかなりの大型の”山車”が展示されている。各種パンフレットが入手でき、また、土産品展示、ビデオ案内、日光彫りや日光下駄などの伝統工芸品を展示したコーナーもある。しばし”日光”のお勉強・・・タイム ・・・という訳でこの国道119号線には東武日光駅から馬返しまでの標高差300以上の坂道を”路面電車”が走っていたという。 その旧日光電気軌道線が走っていたと思われる、現国道119号線を更に下ると御幸町の交差点(ちなみに”ごこうちょう”と読む)から右折をして正面に天理教日光経院なるところがある、がここで右折をすると二本のシダレサクラがある駐車場がある。その先に県重要文化財の[12・姫小松]があるのだが、駐車場も私有地につき一言断らないと大目玉をくらってしまうのでご注意下さい。まさに樹齢400年である、”「すごい」”のひとことにつきる。手入れの行き届いたその姿にしばし見とれてしまい時のたつのを忘れてしまいそうである。 天理教日光経院・L字カーブを進むと左手に「日光図書館・公民館」がある。ここには日光にまつわる書物がたくさん所蔵してあるので訪れていががでしょうか?・・・更に進むと右側に「日蓮宗・最勝寺」がある。その先にの交差点を右折し志渡川橋をわたると「龍蔵寺墓所」、その中に[9・十王堂と水難供養塔]がある。この墓所を取り巻く山が[10・愛宕山]である。志渡淵川沿いにライオン堂を目指す。途中八坂神社と志渡淵川の間に[8.松原町の石碑群]がある。 JR日光駅からスタートした東町・稲荷神社のみち〜東町・観音寺コースへのみちはゆうっくり歩いても約2時間30分で出発点に到着する。 歴々と続く人の営みに中で、今では忘れされれた信仰ということを考えさせれます。行事としてだけでなく、大事な文化遺産を次の世代が受け継いでくれれがいいのですが・・・・・ |