【11瀬川大日堂七本杉伐痕】
瀬川の七本杉伐痕
上瀬川の宿はずれ、大日堂の向かい、街道北側に伐採根だけがのこる。七本の杉の根幹が密着し一株となったもので昔はすばらしい樹相をしていたと伝えられる。
明治35年(1902)の大暴風雨と大正3年(1914)頃に風損し、さらに残る5本も老朽化して、昭和43年(1968)ついに危険木として伐り倒され、瀬川の七本杉
の名をとどめるに過ぎない。
瀬川大日堂
延宝.元禄(1673−1704))のころには既に存在したが、その創建年代は明らかでない。いまは廃寺となっているが、享保年間(1716-1736)須海大僧都の中興した天台宗江戸浅草の正徳院末の行寺宝正山長禅寺が上瀬川にあった。
その跡地に大日堂がある。文化2年(1805)の日光道中分聞延絵図や日光道中略記にも載る古い大日堂で、村人たちの篤い大日信仰をはじめ、念仏供養.庚申信仰が盛んにおこなわれていたことを境内の金石文がしのばせてくれる。
東武上今市駅より1、200メートル 徒歩20分 |
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