【水道資料館】
明治11年(1878).ごろ水質の悪い宇都宮では、住民の問に水道敷設を希望する声が起こっていたが、財政その他の問題から水道敷設認可をうけたのは、大正元年十月であった。水量を中禅寺湖を水源とする大谷川水系の表流水にもとめ、百七十万円の事業費をかけ、
大正二年に配水池構場工事に着手、第一次世界大戦中 も工事は着々と進められ、同五
年(1916)三月に竣工、待望の給水を開始した。この創設工事により建設された
のが今市浄水場で、日本で31番目に古い浄水場である。昭和六十年五月環境・景観が特に優れているため、近代水道百選の一つとして選ばれた。この建物は創設以来七十年余にわたり今市浄水場管理事務所として任にあたってきたが、新事務所の完成により原形復元、平成元年八月水道資料館
として保存されることになった。
【高尾神社】
瀬川はもと瀬尾村と一村であったが、慶長年間(1596-1615)の大谷川洪水で、川の瀬が倉ヶ崎村茶臼山裾に流れる古大谷川と、荊沢村に流れる大谷川の二つにわかれたため、川を境に瀬尾と瀬川に分村して起きた地名とされ、東照宮御鎮座以前は久治良・鉢石・野口・所野及び瀬尾・瀬川の六ヶ村が持ちまわりの六斎市が開かれていた。瀬川村は氏
一高託-高尾は同神)神として山ノ上に高霜神をまつる。古くは高霜大明神といい、神護景雲年間(767-770)の創建と伝えられるが、再建年代は詳らかでなく、天正年中(1573−1592)の勧請ともいわれる。本社拝殿脇には大正初期に奉納された大相撲番付額が掲げられている。また境内には嘉永六年(1853)銘の男体山と延宝三年(1675)銘の雷よけの愛宕山がまつられ、付近に落雷の多いことを物語っている。
東武上今市駅より300メートル 徒歩五分
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日光社参 街道に変貌
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